高松高等裁判所 昭和48年(ネ)79号 判決 1975年3月27日
一審原告(被控訴人兼控訴人)
岡山純一
右訴訟代理人
武田安紀彦
一審被告(控訴人兼被控訴人)
三共自動車株式会社
右代表者
松村惇
右訴訟代理人
町影義
同
吉野和昭
主文
一審原告(被控訴人兼控訴人)の本件控訴を棄却する。原判決を次の通り変更する。
一審被告(控訴人兼被控訴人)は一審原告(被控訴人兼控訴人)に対し、金九〇〇万〇七六三円及び内金六五五万二七六三円に対する昭和四五年三月一七日以降内金一七四万八〇〇〇円に対する昭和四九年一〇月一九日以降右各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
一審原告(被控訴人兼控訴人)のその余の請求(当審で拡張された部分を含む)を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その二を一審原告(被控訴人兼控訴人)の負担とし、その余を一審被告(控訴人兼被控訴人)の負担とする。
この判決は金員の支払を命じた部分に限り仮りに執行することができる。
事実
一審原告(被控訴人兼控訴人、以下単に一審原告という)代理人は、当審で一部請求を拡張し、「原判決を次の通り変更する。一審被告(控訴人兼被控訴人、以下単に一審被告という)は一審原告に対し、金三〇一七万二五三〇円、及び、内金一二七一万九八七八円に対する昭和四五年三月一七日以降、内金一五九五万二六五二円に対する昭和四九年一〇月一九日以降右各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共一審被告の負担とする。」との判決、並びに、仮執行の宣言を求め、一審被告の控訴につき、「本件控訴を棄却する。控訴費用は一審被告の負担とする。」との判決を求めた。
一審被告代理人は、「原判決中一審被告の敗訴部分を取消す。一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共一審原告の負担とする。」との判決を求め、一審原告の控訴及び当審で拡張された請求につき、「本件控訴を棄却する。当審で拡張された一審原告の請求を棄却する。控訴費用は一審原告の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の法律上事実上の主張、提出援用した証拠、認否は、次に訂正付加する外は、原判決事実摘示(但し、原判決六枚目表五行目から同一〇枚目表一行目までの部分、及び、同一三枚目表一行目の「同(二)(1)の事実中」とある部分から同表一〇行目までの部分は除く)の通りであるから、これを引用する。
但し、原判決一四枚目裏七行目から八行目にかけて「同松岡日出雄」とある部分は削る。
(一審原告の主張)<以下―省略>
理由
一原判決事実摘示請求原因一、二の事実(原判決二枚目表一〇行目から同三枚目表末行目までに記載の事実)はいずれも当事者間に争いがない。
二(本件ワイヤーロープの工作物性について)
一審原告は、本件ワイヤロープは、一審被告の工場内に設置されたクレーンの付属物で、これと一体をなしているから民法七一七条の土地の工作物に該当すると主張するので、以下この点について判断する。
<証拠>によれば、本件ワイヤロープは、鋼鉄で作られた直径一センチメートル、長さ二メートルのもので、その両端のワサと呼ばれる部分は、直径約一〇センチメートルの輪になつていること、そして本件ワイヤロープは、他の同種類のワイヤロープや太さ等の異る異種類のワイヤロープと共に、平素から一審被告方の工場の備品として右工場内に置かれていたものであるが、右ワイヤロープは、工場建物に固定して取り付けられていたものではなく、これを使用していないときは、作業員が自由に持ち運べるようになつていたこと、したがつて、本件ワイヤロープは、未使用の状態でこれを独立の物として考察すれば、動産であつていわゆる土地の工作物には当らないこと、以上の如き事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
しかしながら、民法七一七条にいわゆる土地の工作物とは地上・地下に人工を加えて作つた物それ自体の外、その設置の方法・用途等からこれと一体をなして工作物としての機能を果しているものも包含するものと解すべく、したがつて、工場建物それ自体ばかりでなく、工場建物の内部に設けられた天井、床、階段、エレベーター等の外、さらには、工場建物内に設置されてこれと一体をなしている機械設備及び右機械設備に付属しこれと一体をなして使用されている付属品等も包含するものと解するのが相当であるところ、これを本件についてみるに、前記当事者間に争いのない原判決事実摘示請求原因一、二に記載の各事実に、<証拠>を総合すると、次の如き事実を認めることができる。すなわち、(1)、本件事故は、縦約一五メートル、横約27.6メートル、高さ約一一メートルの一審被告方の鉄骨造平家建工場内で起きたものであるところ、右工場内には、高さ約8.5メートルの天井に走行型三屯クレーン(本件クレーン)と同五屯クレーンとが設置されており、右各クレーンを用いて、トラクタショベル車等の特殊自動車の一部分を吊り上げるなどして、その修理整備等の作業が行なわれていたこと、なお、右クレーンは、前記工場建物と一体をなす土地の工作物であること、(2)、一方、本件ワイヤロープ等のワイヤロープは、主として、右クレーンで特殊自動車の一部分等いわゆる重量のあるものを吊り上げる際に使用されていたものであつて、右重量のある物を吊り上げる際には、クレーンに取り付けられているクレーンケーブルの先端のフック(円い鍵状の金具)にワイヤロープの先端のワサを引掛けて、目的物を吊り上げることにしていたものであること、そして右クレーンで物を吊り上げる場合には、その目的物が直接クレーンケーブルのフックに掛けれるような構造になつていない限り必ずワイヤロープが必要であつたこと、(3)、次に一審原告は、本件事故前に、訴外谷岡俊夫、同西中忠雄らと共に三菱BS13型トラクタショベル車(本件ショベル車)の点検修理をしていたのであるが、右点検修理の必要から右ショベル車のバケットの部分(重量約一五〇〇キログラム)を吊り上げるため、前記谷岡が一審原告の適宜取り出してきた本件ワイヤロープを右バケットのリフトアームに掛けた上、その両端のワサを本件三屯クレーンのクレーンケーブルの先端のフックに引掛け、西中が本件クレーンを作動させて前記バケットを吊り上げた際に、本件ワイヤロープが切れ、右バケットが一審原告の頭上に落下して本件事故が起きたこと、(4)、右トラクタショベル車のバケットは、本件クレーンに取りつけられていたクレーンケーブルの先端のフックに直接引掛けてこれを吊り上げるような構造にはなつていなかつたので、本件クレーンを用いて右ショベル車のバケットを吊り上げるためには、必ず本件のようなワイヤロープが必要であつたこと、以上の如き事実が認められ、右認定に反する原審及び当審証人平原清秀の証言はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみれば、本件ワイヤロープは、平素から主として、土地の工作物である本件クレーンを用いて重量のある物を吊り上げる場合に使用されていたものであり、かつ、本件事故当時も、現実に本件ショベル車のバケットを吊り上げる際の必需品として、本件クレーンに取り付けられていたクレーンケーブルの先端のフックに引掛けて右バケットを吊り上げる用途に供せられていたもので、本件クレーンの付属物としてこれと一体となつて利用され工作物としての機能を果していたものというべきであるから、本件事故当時においては、本件ワイヤロープは土地の工作物である本件クレーンの一部を構成するものとして土地の工作物に該当すると解するのが相当である。
一審被告は、本件ワイヤロープは、本件クレーンの効用を発揮するためにのみ使用されるものではなく、自動車やブルドーザーの移動等他の用途にも用いられていたこと等を前提にして、本件ワイヤロープは、土地の工作物ではないと主張しているが、前記認定の如く、本件ワイヤロープは、平素から主として、本件クレーンと一体となつて重量のある物を吊り上げる用途に供されていたものであり、かつ、本件事故当時も、現実に右と同一の用途に供されていたものであるから、本件ワイヤロープが、一審被告主張の如く偶々他の用途に供されることがあつたからといつて、本件事故当時において、本件ワイヤロープが本件クレーンと一体をなす土地の工作物であるとの前記認定を左右するものではない。よつて右一審被告の主張は失当である。
三(本件ワイヤロープの瑕疵)
そこで次に、本件ワイヤロープの設置又は保存に瑕疵があつたか否かについて判断するに、本件事故は、前述の通り、本件クレーンに取り付けられたクレーンケーブルの先端のフックに本件ワイヤロープを引掛け、本件ショベル車のバケットを吊り上げた際に、本件ワイヤロープが突然切断して起きたものであるところ、原審証人藤田克幸、同谷岡俊夫、同平原清秀の各証言、原審における検証の結果によれば、本件ワイヤロープのような直径一センチメートルの鋼鉄製のワイヤロープは、通常は重さ約三屯ないし五屯程度の物を吊り上げても切断するようなことはないこと、本件ショベル車のバケットの部分の重さは二屯もなく、本件ワイヤロープが通常の品質さえ備えていれば、右バケットの部分を吊り上げてもその途中で切断するようなことはないことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。してみれば、本件ワイヤロープが前記の如く本件ショベル車のバケットの部分を吊り上げたことにより切断したことは、他に特段の事情が認められない限り、本件ワイヤロープがその本来具備しているべき通常の品質、性質を備えておらず、したがつてその設置又は保存に瑕疵があつたものというべきところ、本件における全証拠によるも、右特段の事情を認めることはできない。
もつとも、<証拠>中には、一審原告らが本件ショベル車のバケットの部分を吊り上げた際に、その本体である本件ショベル車の部分まで吊り上げたとの事実を窺わせる趣旨の証言があるが、右各証言は、<証拠>に照らしてたやすく信用できないものというべきである。
次に、一審被告は、通常ワイヤロープに瑕疵があるというためには、(イ)小さ過ぎるシープ、(ロ)ドラムの乱巻き、(ハ)キンク、(ニ)腐蝕等の欠陥のあることが必要であるのに、本件ワイヤロープには右の如き欠陥はなかつたから、何等の瑕疵もないと主張しているところ、本件ワイヤロープには、右一審被告主張の如き具体的な欠陥があつたことは認定できないけれども、前述の如く、本件ワイヤロープは通常は三屯以上の物を吊り上げても切断しないのに、右三屯に満たない本件ショベル車のバケットを吊り上げて切断したことは、他に特段の事情がない限り、本件ワイヤロープには、当時通常備えているべき品質、性質を備えておらず、何等かの瑕疵があつたものと認むべきであり、また、右瑕疵を具体的に特定して認定できない場合であつても、なお、民法七一七条にいわゆる士地の工作物の設置又は保存に瑕疵があると認めることは妨げないと解すべきであるから、右一審被告の主張は失当である。なお、以上の外、一審被告の主張する諸事情は、いずれも本件ワイヤロープの設置又は保存に瑕疵があるとの前記認定を妨げるものではないから、右瑕疵がないとの点に関する一審被告の主張はいずれも理由がない。
四(責任)
次に、本件ワイヤロープ及び本件クレーンは、一審被告の占有し所有するものであることは弁論の全趣旨から明らかであるから、一審被告は一審原告に対し、民法七一七条に基づき、本件事故によつて一審原告の蒙つた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。
五(損害)
そこで、本件事故によつて一審原告の蒙つた損害額について判断する。
(1) 逸失利益 金五五万二七六三円
<中略>
(2) 付添看護料 金一七四万八〇〇〇円
<中略>
(3) 慰藉料 金六〇〇万円
<中略>
(4) 弁護士費用 金七〇万円
<中略>
六(過失相殺の主張について)
一審被告は本件事故の発生については、一審原告にも過失があつたと主張するが、右主張事実を窺わせる趣旨の<証拠>はたやすく信用できず、他に一審原告の過失を認め得る証拠はない。
もつとも、(1)本件ワイヤロープは、本件ショベル車のバケットを吊り上げる作業に使用するため、一審原告が選択して持参し、これを訴外谷岡俊夫が本件クレーンに掛けて使用したものであることは、さきに認定した通りであるけれども、<証拠>によれば、本件ワイヤロープは、通常の品質性質さえ備えていたならば、本件ショベル車のバケットを充分吊り上げることができ、途中で切断するようなものではなかつたし、また、本件ワイヤロープには当時瑕疵があつたけれども、一審被告の作業員が通常の注意をもつてこれを調査しても、外見的にはその瑕疵を発見し得ないような状況にあつたことが認められるから、一審原告が本件ワイヤロープを選択して持参したことに何等の過失もないというべきである。(2)次に、<証拠>によれば、一審原告は、本件事故当時訴外西中忠雄の行つていた本件クレーン操作によるクレーンの上下動を看視し、右西中に必要な指示を与える立場にあつたことが認められるけれども、一審被告主張の如く本件ショベル車のバケット及び本件ショベル車の本体が不当に高く吊り上げられたことを窺わせる趣旨の<証拠>はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はないから、一審原告がクレーンの上下動の看視を怠り、これを停止させなかつたことを理由に、一審原告に過失があるとは認め難い。(3)なお、一審被告は、一審原告が本件事故前に本件ショベル車のバケットの下部に立入つた点をとらえて一審原告に過失があると主張するが、<証拠>によれば、本件事故当時、一審原告は、右バケットのリフトアームに支持台を当てようとしていたものであつて、右作業内容に照らし、一審原告が右バケットの下部に立入つたことは何等不当ではなく、むしろ必要なことであつたことが認められるから、一審原告が右バケットの下部に立入つたことをとらえて、一審原告に過失があるとはいい難い。
したがつて、本件事故の発生につき一審原告にも過失があつたとの一審被告の主張は失当である。なお、一審原告の前記症状と本件事故との因果関係が希薄であるからといつて(相当因果関係のあることは前記の通り)、一審被告主張の如く、本件損害賠償額を定めるにつきこれを斟酌すべき法律上の根拠はないから、この点に関する一審被告の主張も失当である。
七(結論)
以上の理由により、一審原告の本訴請求は、一審被告に対し、前記五の(1)ないし(4)の合計金九〇〇万〇七六三円、及び、内金六五五万二七六三円に対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年三月一七日以降、内金一七四万八〇〇〇円に対する一審原告提出の昭和四九年一〇月一五日付請求の趣旨原因訂正の申立書が一審被告に送達された翌日であることが記録上明らかな昭和四九年一〇月一九日以降右各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるが、その余は失当である。
よつて、原判決中、一部一審原告の請求を棄却した部分は相当であつて一審原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、また、原判決中前述の限度を超えて一審原告の請求を認容した部分は一部不当であるからこれを変更して一審原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余の請求(当審で拡張された部分を含む)は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民訴法九六条九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文の通り判決する。
(秋山正雄 後藤勇 磯部有宏)
<計算書(一)、(二)、(三)省略>